013,釘 俺は朝霞に頼まれて、生徒会の劇の大道具製作を手伝っていた。 クラスや部はそっちのけで。 というのも、朝霞に俺が真中をこっぴどく振ったのを目撃されてしまったからだ。 朝霞がばらすわけはない、と分かっていたが、どうにも後ろめたくて、頼まれたとき、嫌だとは言えなかったのである。 実際にはそれだけが理由ではない。 クラス展示の手伝いで真中と顔を合わせているのも気まずいし、 部の方は人手が足りていたので、まあ、内心助かったと思ったのも事実ではある。 猫の手も借りたい状態の生徒会で、中学時代は生徒会役員だった俺は重宝されていたというのも居残る原因になっているだろう。 どうせなら最後まで見てみたい、というささやかな野次馬根性もあったりするのだが。 そんなわけで、ようやく大道具の製作が一段落したときに、 青柳(やなぎ)副会長のすすめで俺は初めて朝霞たちの練習風景を見学することになったのだった。 当日より前に評判の劇を見学できるのは、正直役得だと思ったし、気分転換にもちょうどいいと思ったのだ。 俺は宮瀬(みやせ)生徒会長や会計の大森先輩、副会長の弟で臨時役員の 青柳宗(やなぎ そう)といった大道具担当の面々と共に見学とあいなったわけである。 「会長は劇、見たことあるんですか?」 「いーや。そんな余裕、俺らにはなかったでしょう? 大道具作るので手一杯だったし。今日も作業中だと思ってたし。 平くんが手伝ってくれたおかげだね」 「三人じゃ終わんなかっただろうな」 三年生二人は大きな声で笑っている。 会長の宮瀬先輩と会計の大森先輩は三年だというのに大道具の係に就いている。 というのも生徒会役員を三年間勤め上げた生徒には特別に推薦枠が用意されていて、 国公立大を目指すんでもなければかなりいいところに勉強しなくてもいけるんだそうだ。 それで、この時期に勉強もしないで文化祭に参加していられるわけだ。 その分、他の生徒とは違って、いろいろなところで努力していたのだろうが。 「じゃあ、初めてなんですか?」 「そうだね。紅(こう)が今年のは自信作だって言ってたから楽しみにはしてたんだけど」 そういえば、青柳副会長がシナリオ担当だって言ってたっけ。 朝霞が主役で、相手役に頼さん、それに2年で会計の三條(さんじょう)さんと佐夜(さや)が参加すると聞いている。 見た目で言うならかなり豪華なメンバーだ。 よくここまでそろえたな、といいたくなる。 「具体的にどんなストーリーだとか聞いてるんですか?」 「いーや。なんにも。 当日までのお楽しみ、って言っていつもはぐらかされるんだよねぇ。 まあ、衣装着て、ばっちり化粧した姿は当日じゃなきゃ拝めないんだろうけどさ」 今回は特別だということだろうか。 それとも何か意図があるのか…。 「あ、裕くんだ〜。どうしたの?」 俺を出迎えたのはレースまみれの衣装を着た佐夜だった。 「お前…、それ…」 「ああ、これは衣装だよ。当日着るやつ。 今日仕上がってきたからなれるために着て、リハーサルしてるんだよ」 いや、それは、俺がバカだったとしても分かる。 ただ、目の前にいて驚いたから、思わずばかげた質問が口をついて出てしまっただけだ。 その衣装を見て、どうも、劇の内容が西洋風らしい、ということは分かる。 「お前、出番はいいのか?」 「私の出番は少ないの。悠里と、神月先輩、だっけ?あの二人はほぼ出ずっぱりだけどね」 「俺も脇役なんだ」 会話に割り込んできたのは三條さんだった。 彼も西洋の王子っぽい衣装を着込んでいる。 「私よりはずっと出番多いですよ?」 「メインはあの二人だから。俺はあくまで引き立て役」 そういって、三條さんは佐夜にほほえみかけた。 どうやら、この二人、なかなか仲良くなっているらしい。 さすが、佐夜、といったところか。 物怖じしない佐夜は友人を作るのがうまいのだ。 「平、手伝ってくれてたのか。すまないな。俺も手伝えればよかったんだが…」 佐夜から視線を外した三條さんは俺の方に向き直っていった。 「いいえ。部の方は人で足りてるみたいですし。 生徒会の手伝いなら喜んでしますよ」 実は三條さん、バスケ部の先輩でもあるのだ。 寡黙だが、面倒見のよい人で俺もずいぶんお世話になっている。 生徒会の仕事をしながらなのだから、本当にすごい人だ。 「クラスの方は?」 「それも大丈夫です。展示なんで当日も暇らしいですよ」 「それならいいが…」 俺の口調がわずかによどみでもしただろうか。 三條さんは納得していないようすでそれだけ言った。 ただ、俺がクラスに居づらいことを思い出しただけなのだが。 「ところで」 俺は無理矢理話題転換を図る。 「今、どの辺なんですか?劇の終盤ですか?」 「中盤から終盤、といったところだな。 神月の独白がメインで」 「すっごいよ、神月先輩。あの人見てると多才だなぁって思うよ」 俺と一緒に来た他の3人はすでに舞台を見ているようだ。 俺もそちらの輪に加わることにする。 『これが悪しき占術師の悪意なら、もう少し存在感があってもいいはずなんだろうが…』 つぶやくようなのに舞台からかなり遠い場所にいる俺のところまで確かに飛んでくる。 これで肉声なのだから、本当に感服だ。 真っ暗な舞台の上でスポットライトが当てられているただ1人の人。 色の薄い髪に縁取られた整った美貌の男。 それが、神月頼さんだ。 見た目だけでなく頭もいい人で、何をやらせてもそつがない。 佐夜の言う『多才』というのもこのことだろう。 それでも、彼がやると嫌味じゃないのだ。 『今の敵はおのれのみ、ということなんだろうな』 自嘲するような微笑みさえ、嫌味なくらい決まっている。 顔立ちは女性的なくらい繊細に整っているのに、ああいう表情をするとはっきり彼が男なのだと分かる。 むしろ、そのギャップさえ彼の魅力なのだろう。 彼が歩んでいくと、靴が床に当たって甲高い音がする。 1つ、2つ、3つ…、と数えていると、今度はスピーカーから声が聞こえてきた。 『お前よりも早くこの城を訪れたのに…』 『姫を求める思いはお前よりも強いというのに…』 『お前が憎い』 『お前を殺してしまいたい…』 『俺がお前であれば良かった…』 『お前は俺を差し置いて、姫に謁見するというのか…?なぁ、セレスタイト?』 「凝ってますね…」 素直な感想が口をついて出てしまった。 ぞっとするほどの恨みのこもったセリフでも、途中から見ている俺には劇の内容がさっぱりなので、いまいち感慨はない。 「全部通してストーリーを見ていると、ホント青柳副会長がすごい人なんだと思うよ。 あの人の頭の中はどうなってるんだ、なんて思ってしまう」 「この劇はどんな内容なんですか?」 俺は舞台を眺めながら、尋ねた。 「この劇は『眠れる森の美女』のパロディだそうだ。 俺の演じるとある領主の息子とその従者…、神月が演じているんだが…。 その2人が森の中にある茨に覆われた城を訪れるんだ。 領主に、そこに眠る姫を目覚めさせろ、という命を受けて。 姫は悪しき呪術師の呪いを受けて、眠っているわけだが、それは城全体に及んでいた。 俺の演じる役の方はその呪いに負けて途中で脱落。神月の役だけが残る。 そうして、無事姫を目覚めさせるんだ」 「それだけ聞いてると、少しリアリティが加わっただけで変わりないように思えますが?」 「役の心情がもっとリアルなんだよ。 俺は領主の息子で神月の役はその従者だ。そこで、葛藤が生まれる。 俺の役の方はプライドのために神月の役に負けられないと思っている。 対する、神月の役は俺の役に遠慮して素直になりきれない。 そして、朝霞さんの姫が深く関わってくるわけだ。 姫は呪術師の呪いで眠りにつくが、それについて彼女も多くのことを考えていて、最終的に自己嫌悪に陥る。 その辺がからんで、単純なストーリーなのに深みがある。 青柳副会長はよくこんなシナリオを書いたな、と思うよ」 その後、俺は最後まで舞台を眺めていたが、三條先輩の言う、青柳副会長のすごさは全く理解できなかったのだった。 そして、文化祭当日。 俺は大道具設置の手伝いまで引き受けていたので、舞台の開始直前、舞台裏にいた。 「これ、どこにおけばいいんですか?」 短い時間で的確な位置に大道具を置かなければならず、俺は青柳副会長の指示を仰ぎながら、てんてこまいで大道具を運んでいた。 役者陣はすでにメイクまで終了しているようで、駆け回っている俺の横で静かに待機している。 朝霞と佐夜は2人で何事かを話しているし、三條さんと頼さんもぽつりぽつりと会話しているようだ。 朝霞の衣装はいつか見た男装の方だ。 たぶんあとでドレスに着替えるんだろうが、そのへんどうなっているのか、俺には分からない。 「これで終わりよ。大道具の人たちご苦労様」 俺がちょうど今、運び終えたものが最後だったようだ。 あとは、次の背景替えの時まで、待機、ということになる。 「あ、そういえば…。神月くん!」 青柳副会長が頼さんを呼んだ。 彼は不思議そうな顔で、それに応じる。 「なんでしょう?」 「実は、シナリオに一カ所だけ訂正があったのよ。 ま、セリフが増えるとかじゃないから大丈夫でしょ?あなたなら」 「どこですか?」 頼さんは手に持っていた台本を青柳副会長の前に差し出す。 「最後の方よ。そう、ホントに最後。 ここが…、こうなるの」 そういいながら、青柳副会長は頼さんのシナリオに文字を書いていく。 それを見ていた頼さんが彼らしくなく目を丸くしていた。 「これは…!」 「これが最終稿。もう、決めたことだから、変更はなしよ」 「ですが!」 声を荒げる頼さんなんて見たことがなかった。 一体何を言われたのだろう? 「前に言ったでしょう? 常套には常套の良さがあるって」 にっこりと笑って、青柳副会長は頼さんの背を押した。 「さあ、開演よ。早く位置について」 そうして渋々舞台に歩いていく頼さんの背を見ながら、俺は固く決意していた。 …彼女だけは、絶対に敵に回さないぞ、と。 |
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