理想の世界に関する考察






前にお前は、俺とハルヒの間に妙な信頼関係があるとか言っていたが、古泉、俺とお前の間にもそんなもんがあると思うぞ。

例えば、今日はどうだったとか、そういう他愛ない話をするなら、俺は長門や朝比奈さんではなく、 ハルヒでもなく、お前を選ぶと思うんだ。
お前にそんなことを言ったら「それは同性同士で気安いからではないですか?」 と理屈づけるかもしれないが、それだけでもないんじゃないか?

俺とお前はSOS団員として同じ時間を共有してきた。
その中で俺は、他の誰でもなく、お前と一番多くの言葉を交わしてきただろう。
言葉は積もり、同性同士というだけではない関係性が生まれたと思う。
だから、俺が長門の表情に関しては他の誰より詳しいと自負しているのと同じように、 お前の本音が一番見えているとも思っているんだ。
建前に多くの言葉を費やすお前の、数少ない本音を識別できたり。
ペルソナのごとき胡散臭い微笑みのうちどれが本当の微笑みなのか見分けられたりとか。
本当の古泉一樹が誰よりも見えていると俺は思っているんだが、それは、 俺とハルヒとの間にあるのとはまた違った信頼関係なんじゃないだろうか?
それともこれは、俺の勘違いだとでもお前は言うだろうか…。
俺とお前との間にある関係性、それが不本意ながらも、特別だと俺は思っているのだが。

こんなこと、力説する時点でどうかしてると俺自身思うが、どうも最近お前が疲れているというか、淋しそうというか…。
笑顔に覇気がないと言ったらいいのだろうか。
無理して笑っているように見えたから。
ほんの少しの変化。
俺だから分かったほんの少しの変化だっただけれど、気づいちまったからには無視できないだろう?



ハルヒや朝比奈さん、長門さえいない部室で何をやっているんだ俺は。

目の前には古泉がいて、さらに、俺に近い場所にはチェス盤があって。
いつも通り、俺が勝つはずだったのに、どういうわけだか、俺は今、古泉に、チェックメイトをかけられていた。
驚きで何も言えなくなってしまった。

どうして、こんな時になって「なんでも命令していい」という条件で賭をしてしまったんだろう。
それもこれも古泉が悪いんだ。
今日、部室に二人きりになると分かっていて、こんな日なら日頃疲れているのだろうからサボればいいのに、 わざわざ現れて。
「チェスでもやりますか」と最近はデフォルトのあの笑顔で笑うから。
あの、何かを抑えていて苦しいような笑顔を浮かべるから、魔がさしたんだ。

そんな日に限って、古泉が強いというのも、どうにもおかしな状況だ。
ルールを覚えたての頃でさえ俺にボロ負けしていたこいつが、ギリギリの綱渡り状態の接戦を制して勝つなんて、 何か悪い事が起こる前兆なんじゃないかと思ってもしかたないだろう?

「僕の勝ち、ですね。
僕のお願いを聞いていただける、なんてなかなかないことですから、何をお願いしましょうか…」

言われなくても分かってる。
改めて、しかも古泉に確認されると無性に腹が立つ。
だが、負けは負けだ。ここは潔く認めて、何だって聞いてやろうじゃないか。

思案するフリをして、古泉は様になる仕草であごに手を当てて。
心が決まった合図なのか、すっきりとした顔で微笑んだ。

「僕はあなたにキスしたいです」

は?

「あなたと、キスがしたいんですよ」

古泉が席を立って俺の側まで回り込んでくる。
窓が背になって表情が見えない。
こんな時に限って、夕陽が強すぎるぐらい差し込んできているからだ。
これでは、冗談なのか、マジなのか、判別できないじゃないか。

何を言ってるんだ、お前、やっぱりソウイウ趣味だったのか。
言えない言葉だけが頭の中を駆け巡っていき。
何を言えばいいのか、何を言いたいのか、分からない。

腕を取られた。
古泉の顔が近づいてくる。
顔が近い。いつもより、ずっと。
すっと通った鼻筋が目の前にある。

「ちょっとまて!」

ばちっと音がするほど強く、古泉の鼻を押さえつけてやった。

「俺に、キスしたいだと?何を言ってるんだ、このやろう!」

古泉が、俺と、だと? 笑い話にもなりやしない。
あれだけ魅力的な女性陣に囲まれて、それと釣り合うだけの面をしていながらよりにもよって、俺と、だと?
冗談だとしても、限度ってものがある。

長門に時空改変されたあとの古泉はハルヒを好きだといってやがった。
能力があるから、ハルヒの望んでいないから、状況が許さないから、そんな諸々の理由が枷になっているだけで、 こいつはきっと、ハルヒが好きなんだと思っていた。
だが、その認識は誤りだったのか?

今はそんな問答をしている隙も余裕も俺にはなかった。
俺の堪忍袋の緒にも限度ってもんがある。
冗談じゃない、今すぐぶん殴ってやる、と古泉に捉えられている左手を握りしめた瞬間、 右手に生温かい感触がして、俺の思考はショートした。
コイツ、俺の手を舐めやがった…!

「待てません。あなたは『どんな命令をしてもいい』と言いました。
つまり、あなたには拒否する権利はない、ということではありませんか?」

吐息と声が、俺の鼻にぶつかって、俺は右手もコイツに捕らわれたと悟る。

…こんな状況でも、いつも通りの口調が崩れないのがムカつく。

「もう一度言いましょうか。僕はあなたと、キスがしたい」

迫る顔、逃げる俺。
俺の座った椅子が倒れるのは必然だった。
今まで、不本意ながらも交わっていた視線が途切れた。
俺は自分の後ろを振り返りかけた瞬間、古泉に腕ごと抱き留められ、膝立ちでヤツの唇を受け止めていた。

一瞬合わさり、二度目には、これも不本意ながら半開きになっていた唇を割られ、ヤツの舌をさし込まれた。
俺の舌は絡め取られ、きつく、吸い上げられる。

「んっ…!」

喉の奥を舐められて、思わず声を漏らしてしまった。

目を閉じて、まるでうっとりしているように思われるのも癪だと思い、 意地で目を開けていたのだが、普段とは違った理由でまぶたがおろされ、 わずかに眉根を寄せたコイツの顔が、こんな時でも整っているのを目の当たりにする方がよほど癪だと思い直して、 俺は目を閉じた。

だが、失敗だったとこれまた、目を閉じてから悟った。
感覚が強くなったようだった。
まあ、要するにキスの感覚情報しか入ってこないがために、それに対して鋭敏になっているのだ。

それにしても、コイツは何でこんなに上手いんだ…!

舐められ、吸われ、唇が離れたと思ったら、息を継ぐ間もなく、またさっきよりも深く重ねられる。
酸欠でクラクラするのか、コイツとのキスに酔っているからクラクラするのか分からなくなるくらい、 長く、深く口付けられた。

唇が離れた瞬間、ようやく終わるのか、と薄目を開けた俺の目に、唇と唇をつなぐ唾液の糸が見えた。

「…はぁっ…」

深く呼吸したら、声が漏れた。
その音すら、俺がキスに酔っていたようで非常にムカつく。

「気持ちよかったですか?」

唇に吐息が触れる距離で古泉が囁く。
息が多いぞ。コノヤロウ。

俺が黙ったままでいると。

「僕は気持ちよかったですよ。あなたとのキスは癖になりそうです」

あごを捉えられ、軽く口付けられた。
チュ、と音が鳴る。

「この、変態っ!」
「濡れた唇で言われても、説得力ありませんよ」

ふふ、と笑われると、また、息がかかる。
…それにしても何でコイツはこんなに嬉しそうなんだ。

「前から思っていたんです。僕とあなたの身長差は口付けを交わすのに理想的な身長差なのではないかと」

身体に回されていた腕に引き上げられて、俺は立ち上がった。
身長差8センチ。
俺の目の前に、古泉の唇がある。

「男同士で何が理想的だ」
「あなたは魅力的な人ですよ。前に言った記憶があるのですが」
「ハルヒが、というのなら聞いた覚えがあるがな」

いつだったか忘れたが、だいぶ前だ。

「お前はハルヒが好きなんじゃないのか」
「魅力的な人だとは思いますよ」

是でも否でもない。
こうしてまたはぐらかされるのか?

「ですが、僕はそういった意味では望まれていないんです。
それが分かっていて僕はあの人に溺れることはないでしょう。
それに、僕が好きな人は他にいますから」
「へぇ…」

古泉がここまで語るのは珍しい。
俺は、顔の近さや触れる吐息といった不自然な状況よりもそちらに興味をひかれた。

「知りたいですか?」

知りたいような、知りたくないような…。
どちらにしても、興味本位であることにはかわりない。

「教えませんよ。あなたには」

はぐらかすように唇が重ねられた。

「あなたが今、どんな表情をしているのか、自覚できるようになったら、教えてさしあげてもいいんですがね」

こいつは本当に、何が言いたいんだろうか?
こいつがいつもより元気がなくても、俺には関係ない。
いつも通り、そう言って切り捨ててしまえばよかった。

でも、できなかったのは何でだろう。
今更のように赤くなった鼻を押さえている、その見た目だけが取り柄の男に。
渋々でも手を差しのべたくなってしまったのは何でだろう。

強い西日のせいで陰影の濃くなったその端麗な顔が笑みの形に崩される。
だが、俺には泣きそうになっているのをこらえているようにしか見えなかった。

こいつは卑怯だ。
そんな顔をされては、強引に交わされたキスの、男同士でという微妙な状況さえ許そうという気になってしまうではないか。




プチオンリーの前哨で頑張ってあげねば、と思って書きためていたものの体裁を整えてみましたが…、 ちょっと微妙だったので、前半と最後を中心に、手直ししました。

ちょっとだけ黒泉かな、と思ってます。が、甘いです。
キョンの手を古泉に舐めさせたくて書いてみたお話。
私的に古泉は絶対なんでもそつなくこなすタイプだと思います。
いわゆる器用貧乏。
突出するところなく、かといって、逆もなく。
だから、キスも、その先も上手い気がする…。

キョンだって高校生だから、身体の快感にひきずられて捕らわれてしまえばいいのだ、と思ったり思わなかったり…。

「男にキスして何が楽しいんだ」
「でも、あなたの身体は正直ですよ。僕との口付けを心地よいと思っている。
違いますか?」

こうしてずるずると、なんて(笑)
いつかそんな話も書いてみたい…。

あと、私の中で古泉はあえてゲームに負けている設定です。
だって、理系得意なのに、オセロとかチェスとか弱いはずないじゃないですか!
…だから、↑で勝ったのは計算なのです。お、ちょっと黒くなる?

それにしてもキョンは難しいですね。



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